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広島家庭裁判所 平成12年(家)808号 審判 2000年7月28日

申立人 ●●児童相談所長 A

事件本人 B

事件本人保護者親権者父 C

事件本人保護者親権者母 D

主文

1  申立人が事件本人を乳児院に入所させることを承認する。

理由

第1申立ての要旨

1  事件本人保護者親権者父C(以下「C」という。)と事件本人親権者母D(以下「D」という。)は、平成10年11月2日に婚姻し、同年○月○日、事件本人を儲けた。

事件本人は、Cが平成10年8月頃から○○拘置所に拘留されているため、Dの下で監護養育されていたが、Dが家を空けるときなどは、同人の知人E(以下「E」という。)に事件本人の監護を委ねることもあった。

Dは、平成12年4月5日、覚せい剤取締法違反容疑で○○警察署に逮捕され、以後、同年5月23日に同罪で執行猶予判決を受けて釈放されるまでの間、警察署及び拘置所に身柄を拘束された。

2  Eは、平成12年4月5日にもDから頼まれて事件本人を世話していたが、事件本人の陰部からの出血の状態が普通でなかったため、同日、事件本人を○○市民病院において受診させたところ、人為的なものと思われる、膣壁・会陰裂傷及び直腸裂傷と診断され、事件本人は同病院において縫合手術を受けた。

3  このように、事件本人の怪我は性的虐待によるものである可能性が高かったため、○○市民病院及び同病院から連絡を受けて事件本人の状態を調査した○○警察署は、●●児童相談所(以下「本件相談所」という。)に対し、要保護児童(事件本人)が存在すると通報した。

本件相談所は、事件本人を診察した○○病院の医師から事件本人の怪我の状況を確認したところ、傷が直腸の粘膜層にまで達するものであることから、人為的なものであることは疑いなく、性的虐待によるものであると判断した。

なお、性的虐待の加害者については、5歳になる事件本人の異父兄がDの交際相手の男性が事件本人の股間の方をいじっていたところを見たと言っているものの、Dは、事件本人はこの男性になついておらず、この男性が寄っていくと泣き出すくらいであるから、この男性の仕業とは思えず、むしろ、Dは逮捕される前は覚せい剤を使用していたために子供達の世話をしておらず、子供達だけで風呂に入らせたりしていたので、その時に5歳か4歳の異父兄が事件本人を加害したのではないかと言っており、加害者を特定するには至らなかった。

4  事件本人は、平成12年4月14日、○○市民病院を退院したが、前記1記載のとおり事件本人の親権者両名は未決勾留中であり、また、事件本人の負傷の原因が判明していない段階で事件本人をDやEの監護に委ねることは相当でなかったため、申立人は、同日、事件本人を○○乳児院に一時保護委託した。

5  現在、事件本人は○○乳児院で一時保護されているが、前記1記載のとおり、Dは平成12年5月23日に執行猶予付有罪判決を受けて釈放され、事件本人の引取りを希望している。

他方、C及び同人の父母は、Dに事件本人を引き取らせることに反対し、Cの父母が事件本人を引き取ることを希望している。

そして、C及びDの両名とも、事件本人を児童福祉施設に入所させることに同意していない。

6  前記記載のとおり、Dのこれまでの事件本人の監護態度は、覚せい剤使用の影響もあると思われるが、問題が多いものであり、かつ、事件本人に前記2記載の怪我を負わせた加害者も未だ明らかとなっていない状況である。

これらの点は、Dが今後しっかりと事件本人を監護していくのであればある程度予防することが可能であると考えられるが、そうでなければ事件本人の福祉を著しく害することになるばかりか、生命の危険をも考えられる状況であり、現状では事件本人を乳児院に入所させ、Dのこれからの生活を見て事件本人の引き取りを考えていくのが適当と考える。

また、Cの父母が事件本人の引取りを希望しているが、離婚調停等でCを事件本人の単独親権者とすると定められた場合は格別、現状では、Dの了承を得ないでCの父母に事件本人を引き取らせることは難しい。

7  そこで、申立人は、家庭裁判所に対し、事件本人を児童福祉施設に入所させることの承認を求める。

第2当裁判所の判断

1  本件は、児童相談所長が家庭裁判所に対し、児童の児童福祉施設入所の承認を求めたものである。

親権者又は後見人(以下「親権者等」という。)は、子について、監護・教育、居所指定、懲戒及び職業許可などの身上監護権を有するため、親権者等の意に反して児童福祉施設への入所などの児童福祉法27条1項3号記載の処置をとることは原則として許されないが(同条4項)、親権者等が児童を虐待し、著しくその監護を怠り、その他保護者に監護させることが著しく児童の福祉を害する場合においては、児童の福祉及び利益のために親権者等の身上監護権を制限する必要があるというべきであるから、同条1項3号の措置をとることが児童の親権者等の意に反する場合であっても、都道府県知事又はその委任を受けた児童相談所長は、家庭裁判所の承認を得て同条1項3号の措置をとることができるとされている(同法28条1項、同法32条1項)。

2  そこで、本件において、事件本人を監護していたDが事件本人を虐待し、著しくその監護を怠り、その他Dに監護させることが著しく事件本人の福祉を害するといえるかどうかについて検討するに、家庭裁判所調査官F及び同G作成の調査報告書その他本件一件記録によれば、以下の事実が認められる。

(1)  一時保護委託前の事件本人の監護状況

ア CとDは、平成9年10月頃に知り合い、平成10年11月2日に婚姻し、夫婦の間に、同年○月○日、事件本人を儲けた。

Dは、Cとの婚姻前に2度の婚姻歴があり、最初の夫Hとの間にI(昭和○年○月○日生)を、2番目の夫Jとの間にK(平成○年○月○日生)、L(平成○年○月○日生、平成8年2月2日認知。)及びM(平成○年○月○日生、同年4月3日認知。)を、それぞれ儲けている。

これらの子供4名とCは、Dとの婚姻の日と同日、養子縁組をした。

しかし、Cは平成10年8月13日から○○拘置所に身柄を拘束されていたため、Dが婚姻当初から同人の子供達を単独で監護養育していた。

なお、Dは無職であり、Cとの婚姻前から広島市の生活保護を受給して生活していた。

イ Dは、事件本人の誕生後しばらくの間は、事件本人を連れて○○拘置所を訪れ、Cと面会するなどしていたが、平成11年9月にCと面会した際、同人と喧嘩となり、それ以後Cと面会していない。

また、Dは、Cの父N及び母Oとは、Cとの婚姻前から仲が良くなく、Cと喧嘩して以後は、Cの両親がDと連絡をとれないようにするため、Cに無断でDの肩書住所地に転居した。

ウ Dは、平成12年3月頃からP(以下「P」という。)との交際を始め、さらに、その頃から覚せい剤を自己使用するようになったため、正常とはいえない精神状態となり、事件本人の世話を未だ幼い事件本人の異父兄らに委ねて数日家を空けたりするようになった。なお、Dは、日中の子供達の世話についてはEに頼むことが多かった。

このように、平成12年3月当時は、Dは覚せい剤の自己使用の影響によって事件本人に対する適切な監護を行えない状態となっており、本件相談所は、同月17日にD宅を訪れた主任児童委員から、D宅では子供達だけで生活しており、Dは4、5日前から不在の様子で、事件本人はおむつかぶれのひどい状態であるとの連絡を受けたこともあったが、Dは家を空けていたことを否定し、本件相談所と関わりを持つことも拒否したため、それ以上Dと接触を持つことができなかった。

また、事件本人のおむつに血が付いているのを発見したEが、同年3月17日に事件本人を連れて△△病院を受診し、性器が裂けている状態なので産婦人科を受診するよう指示されて、翌日、○○市民病院で受診した結果、全治1週間程度の外陰部裂傷と診断されたことがあったが、本件相談所が○○市民病院の担当医に事実関係を確認したところ、この程度の外陰部裂傷は乳児に比較的よく起こる怪我であり、とがった積み木の上に座っても起こる可能性があり、これだけで虐待によるものと断言することはできないということであったため、事件本人に対する一時保護などの処置はとられなかった。

エ Eは、その後もDから頼まれれば事件本人の世話をしていたが、平成12年4月5日、事件本人の陰部からの出血の状態が普通でなかったために事件本人を○○市民病院において受診させたところ、事件本人はひどいおむつかぶれの状態であった上、人為的なものと思われる、膣壁・会陰裂傷及び直腸裂傷を負っていると診断され、同病院で縫合手術を受けた。

このように、事件本人の怪我は性的虐待によるものである可能性が高かったため、○○市民病院及び同病院から連絡を受けて事件本人の状態を調査した○○警察署は、本件相談所に対し、要保護児童(事件本人)が存在すると通報した。

そこで、本件相談所が○○市民病院の医師から事件本人の怪我の状況を確認したところ、事件本人の傷は直腸の粘膜層にまで達するものであることから、人為的なものであることは疑いなく、性的虐待によるものであると判断した。

他方、事件本人に対する加害者については、Eには心当たりがなく、事件本人の異父兄LがDの交際相手のPが事件本人の股間の方をいじっていたところを見たと言っているものの、Dはこれを否定し、事件本人の異父兄のLかMの仕業ではないかなどと述べたため、加害者の特定には至らなかった。

なお、この間、Dは、同年4月5日、覚せい剤取締法違反容疑で○○警察署に逮捕され、以後、同年5月23日までの間、警察署及び拘置所に身柄を拘束された。

オ 事件本人は、平成12年4月14日、○○市民病院を退院したが、前記のとおり事件本人の親権者両名が未決勾留中であり、また、事件本人の負傷の原因が判明していない段階で事件本人をDやEの監護に委ねることは相当でなかったため、申立人は、同日、事件本人を○○乳児院に一時保護委託した。

(2)  一時保護委託後の事件本人及び親権者双方の状況

ア 事件本人は、○○乳児院に入所後1か月程度は、おしめを換えるときに股を開くのを嫌がる様子を見せたり、人に対しての愛着行動がなく、愛情を注がれないで育っている子供の特徴を示したりすることがあったものの、現在では健康を回復し、顔の表情も良くなって、乳児院の指導員の下で、落ち着いて世話を受けている様子が見受けられる。

イ Dは、平成12年5月23日、前記覚せい剤取締法違反事件の裁判で、懲役2年6月、保護観察付執行猶予4年との判決を受け、同日拘置所を出所し、それ以後、事件本人を除くDの4人の子供らと共に、引き続き生活保護を受けながら暮らしている。

Dは、同人が覚せい剤に溺れていた時期に今回の事件が起こったことから、出所後日の浅い時期に事件本人を引き取ることは難しいと考えており、自分自身の信用が回復されるまでの当分の間、事件本人を乳児院に入所させておくこともやむを得ないと考えている。

ウ Cは、本件相談所から事件本人が入院したこと及び同人を乳児院で一時保護することになったことを知らされ、Dの監護態度に強い不信感を抱いており、Dが事件本人を引き取ることに反対し、Dと離婚してCが事件本人の親権者となり、Cの両親に事件本人を引き取らせ、同人らに事件本人の監護を委ねたいと希望しており、Cの両親も、事件本人を引き取る意思があることを述べている。

もっとも、Cとしても、Dとの離婚問題の決着がつくまでの当面の間、事件本人を乳児院で監護してもらうことには格別反対していない。

3  結論

上記2で認定したとおり、本件では、事件本人の親権者父であるCは拘置所に入所しているため事件本人を監護養育することができず、事件本人の親権者母であるDは、平成12年3月頃から覚せい剤の自己使用の影響によって精神状態に異常を来し、事件本人に対する適切な監護を行えない状態となり、そのような状況下において、何者かが事件本人に対して直腸の粘膜層にまで達する傷を負わせたものであり、事件本人が○○市民病院に入院した当時、同人が劣悪な監護状況に置かれていたことが認められる。

そして、Dはその後出所して今後の更生を誓っているが、(1) 覚せい剤は依存性の強い薬物であり、Dが覚せい剤と決別して事件本人の監護を適切に行っていくことが可能かどうかを判断するには、もうしばらくDの生活状況等を観察する必要があり、D自身、自分自身の信用が回復されるまでの当分の間、事件本人を乳児院に入所させておくこともやむを得ないと考えていること、(2) 事件本人に対する加害者は依然として特定できておらず、事件本人をDの下に帰した場合、再び事件本人に対して加害がなされる可能性を払拭できないこと、(3) 事件本人は満2歳に満たない幼児であり、自分で身の回りのことをすることも、自力で虐待を避けることもできないため、特に手厚い監護が求められることを考え合わせると、現在乳児院において落ち着いた生活を送っている事件本人を再びDの下に戻すことは、著しく事件本人の福祉を害するといえる。

なお、本件では、Cの両親が事件本人を引き取って監護したいとの意向を示しているが、離婚調停等でCを事件本人の単独親権者とすると定められた場合は格別、共同親権者であるDの了承なしにCの父母が事件本人を引き取ることは困難である。

これらの事情に鑑みると、本件では、児童福祉法28条に規定する児童福祉機関の措置権を行使すべき事態にあるというべきであり、事件本人の年齢及び同人が現在乳児院で一時保護されて落ち着いた生活を送っていることを考慮すると、事件本人を乳児院に入所させるのが相当であると判断される。

よって、本件申立を認容することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 山門優)

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